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先生の先生?の巻

 濡れた瞳っていうのは、こう、可愛い女の子が上目遣いで好きな男を見つめる時に使うもんじゃないのか。
 こんな、いい歳した男が、いや、おっさん二人が、って言った方がいいな。あ~、なんか、マジで泣きそうじゃないか。やめろよ、その、ウルウルってやつ。これからだ、って時なのに、こんなに簡単に涙目になって、ホントに大丈夫かなぁ。

 僕の目の前にいるのは、今年からとある中学校の教師になった福浦だ。歳は、たぶん28くらいのはずだ。大学を出てから、毎年夏にやってる教員採用試験を受けて5回目でようやく合格って言ってたから、たぶんそんなもんだろう。合格が決まった日は、こんな涙目なんてもんじゃなくて、声を出して泣いてたくらいだから、芯から熱いオトコなんだ。まあ、昔からだけど。
 けど、いよいよ来週からあこがれの教壇に立つ福浦が泣いてるのは、うれしさのためじゃないらしい。なんでも、配属される学校が決まったので、先方の校長にあいさつの電話をしたら、なんか、理科を教えることになるらしい。なにがマズいかって、福浦の専門は数学なんだ。小さい学校らしくて、数学も教えることは教えるが、教員の人数の都合もあって、なぜか理科を教える方が多くなるらしい。まあ、規模が中途半端な学校ではよくあることだ。

 で、愚痴を言いがてら、酒を飲みがてら、暇をつぶしがてら、オレの所に話しに来て、なんか飲み過ぎて盛り上がってきて、泣いているってわけなんだ。
 まあ、金曜の夜とはいえ、特にデートの予定もなかったオレは、大学の後輩の福浦を気楽にこのワンルームのアパートにあげて、中学校の教員の先輩として、ちょっとえらそうなことでも言ってやろうと思ったわけだが…。
 もう、フォローのしようもない(笑)。そんなもんだよ、福浦。先生って、見た目よりラクじゃないし、ヘタな会社より、時間的にもキツいんだぜ…。

 「ゆぅさんはいいですよ。これまで、理科以外を担当したことがないんでしょ!?まだ、数学の授業すらしたことがない数学教師に、なんでいきなり理科をやらせるんですか。わかんないッスよ。」
 「いやぁ、気持ちはわかるけどな。中学って、教科で担当の先生が変わるだろ?人数の関係で、そういうことって、けっこうあるんだよ。」
 「だからって、僕は、自信ないですよ…。」

 メンドくせぇ。お前、前からこんなにしつこい性格だったっけ!?もう、帰ってさっさと理科の授業の準備でもしてみろよ。
 …と、直接いえるわけもなく。かといって、同意してもドツボにはまるのはわかってるから、もう、耐えるしかない。あぁ、今日、デートでいなかったらよかったのに。っていうか、彼女ほしい。

 「だけどよ、お前、同じ理科の授業取ってる時、けっこう点数よかったじゃんか。なんか、先輩が落とした単位だってちゃんと取れてたし。そもそも、数学と理科、同じ理系だろ!?」
 「そこが、一番キツいとこなんですよ…。実は」

 なんか、話が長くなりそうだぞ。と思ったら、ホントに話が長かった。けどまあ、まとめるとこうだ。

 考えるのが、苦手。

 …。
 数学が得意ってのにも、2種類ある、と福浦はいう。一つには、公式や法則をガンガン暗記して過去問を解きまくり、パターンで100点を取る方法。もう1つは、いわゆるヒラメキ重視で、基本的な公式を覚えた後はその場のイキオイで問題を解くタイプ。まあ、ホントかどうかは知らないが、なんとなくいってることはわかる。

 「で、僕は昔から、覚えるのは得意なんです。公式とか、証明のパターンとか。物理の単位も、ノートを丸ごと暗記して写しただけッスから。」

 …それはそれですごいんじゃないか。

 「けど、教える、ってコトになると、覚えてるだけじゃダメなんですよ。説明しなくちゃならないし。『覚えろ!』なんて、いいたくないし。どうしましょう、先輩?」

 若いなぁ、福浦。理想を持つことは大切だが、中学校なんて「覚えろ」っていわないと進まないこともあるんだぞ。まあいいや。それはきっと、イタイ目を見ながら覚えていくだろう。
 は!?なんか、言ったか。オレが?なんでオレがお前に理科を教えなくちゃならないんだよ!
 …。泣くなよ、だから。その、妙にウルウルした瞳でオレを見つめるのをやめろ。その上目遣いは、わざとなのか?

 「わかったよ。時間ある時は、ここにこい。なんかアドバイスくらいは、してやるから。」

 そういうわけで、オレはなぜか「中学校の先生の、そのまた先生」をやることになった。まったく、普通の授業をやるよりもよっぽど疲れそうだ。まあ、イザとなったら、教科書を読めばいいんよ。そういうふうに教えてやろう(笑)。
 そう思いながら、オレは新しいビールの缶を開けた。


                     (続く)

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